
これはもう「ちょうどみんなそういうお年頃だから」と言ってしまえばそれまでなのですが、昨年から個人鑑定はもちろん、読み会などでも「家族の問題」というものを特に多くお伺いするようになりました。
もちろんその要因のひとつは、わたしがさんざんあちこちで「介護!病人!死人!相続!イヤーーー!!!」と叫び散らしていたからだと思います。同族にしか語れない、語りたくないことはありますよね。
そもそもわたしは「家族?はぁ?」という幼少期のままオバサンになってしまいました。若い頃は友人の結婚式などに参列すると「両親のように素敵な家庭を築きたい」とか「尊敬する人は両親です」みたいな涙と幸せいっぱいのスピーチを聞いたりすると「へえーーー。幸せなんだねーーー。それは恵まれてるよねーーー」とちょっとびっくりしたり(ときにシラけたり)していたものです。「家族ってそんなにいいものなんだー。へえーーー」みたいな。話に聞いたことしかない海外の珍味とか絶景の話を聞いてる感じで「そういうものがあるらしい」とは知っても、ぜんぜんリアリティがなかったです。
大学院に通っていた頃にとてもお世話になったベテランの臨床心理士の方が「僕たちの仕事は、家族間の負の連鎖を切る手伝いをすること」と、おっしゃっていたことをよく覚えています。自分が占いをするようになり、さらにお客様といっしょに算命学の占いをしていると「家族の問題」をしょっちゅう伺うようになり、ようやくピンと来て「家族間の負の連鎖」について強く意識するようになりました。誰もわざわざ好き好んで過酷な環境に生まれてくるわけではない(スピリチュアルの人からはいろいろご意見あるでしょうけど)し、現状も自分の意思では動かせない難しい問題であるほど「この負の連鎖の元を辿って、できるだけ昇華、消化していく」プロセスに注目するようにしています。ネバネバネバー負の連鎖。
ものすごくハードな幼少期だった方が、逆に「絶対あんなふうにはならないぞ」と誓って現在は幸せに暮らしていらっしゃるお話を聞けば「よかったですね!」と心底思います。
でも「あんな親は最低だ」と言い続けていた人たちが、結局その親と同じような轍を踏んでいる例も残念ながらたくさん見聞きしています。残念だ。もう一周?もう二周?
私自身は「家系は断絶」と若い頃から決意していて、そのまま実行した系統です。「うっかり結婚しちゃって、そのあとさくっと離婚した」ほうがわたしの命式には合っているはずですが「無駄無駄。どうせ別れるなら時間とエネルギーの無駄」と思って、そうしませんでした。ひどい。ひどすぎる。良くも悪くも意志が強すぎて、曖昧な状況に不用意に乗っからないし、テキトーに流されなすぎるので、新しい運が入ってくる余地が少ないのが、私の最大の欠点であります。これが今年の年筮「天風姤」で指摘されているのだろうなーと考えています。
えーと、脱線しましたが「家族の業」みたいなことをずーっとあれこれ考えています。どんなうちにも、濃くも薄くもあるはずですが、普通の生活やお仕事だけしていると、なかなか聞く機会はありませんね。わたしは治療家としても占い師としても、比較的たくさんそういうお話を伺ってきたかとと思いますが、この世は広すぎてまだまだ想像を絶することばかりです。
うちの場合はたぶん三世代くらい遡るともっとわかりそうなので「そのうち古い戸籍を取り寄せに行こう」とおもってからもう二十年くらい経ってしまいました。まぁどうでもいいといえばどうでもいいから見に行ってないともいえます。だって今更そんなこと知ってどうする?という気持ちと、使えるものはなんでも占いの研究材料に!という好奇心とが両方あります。
人数が増えると時間もかかるので鑑定としてはそうそう簡単におすすめはできない(し、やるのは大変)のですが、研究会とかでならえんえんと家系を遡りつつ「家族の業」研究会とかいつかしてみたいなーという気はします。例題を出す方も、お付き合いする方もそれなりの覚悟が必要になりそうですが、本気でやったらかなりの実力UP経験値UPになるように思います。
どんなに幸せそうで円満でハッピーに見える家でも、必ずやっぱりどこかに何かはあるわけで、完全なる幸せなんて幻想でありましょう。それぞれの場所で、ほどほどに幸せ、みつけられたらいいですね。